アイヌの文化と歴史
鎌倉時代になって本州から人々が移住する前、北海道には「アイヌ」と呼ばれる先住民が住んでいました。北海道の地名には独特の響きを持つもの数多くありますよね。札幌、稚内、知床、襟裳・・・これはもともとアイヌ語を基にしてつけられた地名だからです。当初は犯罪者の流罪の地として、後には奥州藤原氏の残党、漂流民、さらには商人や漁民が移住するようになったのが始まりです。 アイヌの生活は狩り、魚、植物を主に採取することで営まれていました。しかし、本州から倭人(日本人)が入ってくることで平和な暮らしが脅かされるようになりました。本州の日本人たちがアイヌに対し不公平な交易を強要したことで、いくつかの争いが起こりました。1457年のコシャマインの戦い、1669年のシャクシャインの戦い、クナシリ・ナメの蜂起です。しかし松前藩によってアイヌの指導者たちが処刑されてしまうとこれを最後にアイヌが大きな抵抗を見せることはありませんでした。 その後北海道は江戸幕府の直轄地となり大きな転機を迎えることとなります。同化政策によって次第にアイヌ独自の文化は次第に廃れていくこととなります。1997年、「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(アイヌ文化振興法)が作られました。これによって明治時代以来の「北海道旧土人保護法」というアイヌを蔑視、収奪する法律は撤廃されることとなりました。しかし、アイヌのアイヌ独自の文化・権利を尊重されるには不十分であり、今現在でも多くの問題を残したままとなっています。
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